はじめに

 日本医療情報学会は、医療情報に関心をもつ全ての研究者および実務担当者の学術交流の場として、医学・医療の進歩への貢献を目的とした医療情報学に関する研究・教育、技術向上、その他の社会応用の推進のため、学術集会や研究会などを通じ、下記に関する学術活動を行っていきます。

  1. 次世代医療情報システムの開発
  2. 健康医療情報基盤の社会実装
  3. 医療ビッグデータの解析
  4. 医療情報セキュリティの確立
  5. 医療情報人材の育成 

【全体方針】医療情報および関連領域について

 診療情報については、様々な患者レジストリやレセプトデータベースなど、大規模な保健医療データベースが構築され、そこに蓄積されたデータを活用した診療実践や基礎研究、臨床研究の推進が求められている。また、遺伝子が関連する医療は既に国内においてもがん治療などで現実に行われており、病院情報システムでゲノム情報をいかに取扱うかという社会的問題も存在するものの、診療情報にゲノムなどバイオメディカル領域からヘルスケア領域のデータ・情報を加え、基礎研究、臨床研究、臨床の実践、そして医療提供へと繋ぐ流れとなっている。

 国際的には、診療情報やゲノム情報、ライフデータ、ヘルスデータなど個人を取り巻くあらゆる情報の分析から得られた知見を臨床応用、個々の健康増進・疾病予防に活用する動きが広まるにつれ、医療情報学のスコープをより広く捉える、あるいは拡大する必要がある。この領域はBio Medical Informatics、あるいはBiomedical and Health Informatics等とよばれ、主として研究機関で実施される領域であると考えられる。また、Biomedical Informaticsという学際領域の発展と同時に、「臨床情報学(Clinical Informatics)」、「ポピュレーション・ヘルス情報学(Population Health Informatics)」、「薬剤情報学(Pharmacoinformatics)」「看護情報学(Nursing Informatics)」、「歯科情報学(Dental Informatics)」等の専門領域がそれぞれ展開されている。

 日本医療情報学会は、Biomedical Informaticsという学際領域を視野に、医療情報システム・臨床データベースの側面、社会的側面、倫理的側面等からとしての課題を整理し、課題解決に向けて取り組む。それと同時に、すでに専門領域に特化した医療情報学の活動が活発に行われている、専門医療情報学とも称すべきこうした領域に対して、さらなる研究者の参画を促し、各専門領域における医療情報学の貢献を促進していく。

1.次世代医療情報システムの開発

1-1.医療情報システムと臨床疫学等との架け橋

 EBM(Evidence based Medicine)の考え方が広く認識されるようになり、国内外において臨床研究が盛んに行われている。このうち、観察研究において真実を見出すためには、高品質のデータベース、すなわち、信頼性があり、正確かつ完全なデータベースの存在が前提となる。リアルワールドデータとして注目されている、レセプトデータ、特定健診データ、電子カルテデータなどは、そのデータソースとしての候補となるが、いずれも観察研究を目的として収集されたデータではない。特に、電子カルテには、臨床研究を行ううえで重要なデータが含まれるべきであるが、現状では、非構造化データが多く、構造化と標準化がされていない形でデータが蓄積されているため、臨床研究のための高品質のデータソースとして取り扱うには大きなギャップがある。

 日本医療情報学会は、医療情報学と臨床疫学との連携を推進し、医療情報システム・臨床データベースの課題を整理し、EHR(Electronic Health Record)とEBMの架け橋となるように取り組んでいく。

1-2.価値を生み出す質・構造・粒度をもったデータの創生

 電子カルテの記録は人が読むことを基本として作成されるものであり、多くが解析に直接利用することが困難な非構造化データとして蓄積されている。この問題を解決するためには、自然言語解析技術により非構造化データを構造化データに変換する方法を開発するか、入力テンプレートを用いてデータ収集時から構造化データとして収集するかの方法を採る必要がある。さらに、診療プロセスが考慮された構造化データとして収集したデータの意味概念を系統化する必要があり、シソーラス、オントロジー体系の構築を合わせて行う必要がある。すなわち、電子カルテやEHR、PHRで収集するデータを解析に利用するためには、データの統制・管理に焦点をあてたクォリティマネジメントが必要である。

 日本医療情報学会は、病院情報システム、電子カルテシステムの研究開発に専門的に取り組んできた経緯があり、今後もデータのクォリティマネジメントをリードしていく。

1-3.クォリティ・インディケータの情報化

 医療の質の向上は、医学医療分野の学術団体、専門職団体の共通目標である。「クォリティインディケータ」は医療の質を示す指標の1つとして多くの医療施設で公開されており、国や地方自治体における医療計画の策定にも活用されている。しかし、多様な患者、多様な医療形態がある中で、どの施設でも適切に医療の質を評価できる定量的なインディケータの設計は容易でない。また、多施設間で比較可能性を担保するためには、データの取り方、計算方法が統一化されていなければならない。さらに、評価対象のデータは、電子カルテシステム等から人手を介さずに収集可能であるべきである。

 日本医療情報学会は、臨床医学と医療情報システムを繋ぐ学術団体として、各専門団体と連携して医療の質を測定・評価するため、標準的フレームワーク、解釈が一意となる精緻な定義、システムによる測定、計算、報告作成、伝達に関しての議論を推進していく。

1-4.情報化時代に適した医療記録法制

 臨床現場の電子化が進む今日、電子カルテを中心とする情報通信技術によって実現できる運用と医療記録法制の不整合が重要な課題となっている。現在の医療記録法制は、医療者が人手で収集した限られたデータを離散的に紙面に記載することを前提に制度設計されており、様々な医療機器によって自動取得された大量のデータが連続的に送付されてくる情報化社会の現実と乖離している。また、医師事務作業補助者をはじめ、医療職が書くべき記録を他の職種が入力する場合の取扱いについても、十分な議論がなされているとは言い難い。

 日本医療情報学会は、情報通信技術の導入による臨床現場の効率性と安全性を向上しつつ、情報学的に合理的で法的に健全な電子化医療記録を担保する制度の設計と提言に取り組んでいく。

1-5.医療の質の向上、診療現場の負担軽減につながるシステム

 医療情報システムは、医療の質の向上と診療業務の効率化を目的として、これまで常に進化を続けてきた。患者の診療記録や検査結果が電子的に記録されることで、迅速な情報共有が可能となり、適切な診療や医療事故の防止につながった。また、医事会計システム、部門システム、オーダエントリシステム、電子カルテシステムなどの導入により、業務の効率化が図られた。医療情報システムの継続的な改善は、患者に対するより質の高い医療の提供と、診療プロセスの効率性の向上と密接につながっている。

 近年、診療現場では医師をはじめとする医療従事者の長時間労働や過重労働の是正への対応が課題となっており、将来にわたり持続可能な医療提供体制を実現するためにも、診療現場の負担軽減へのさらなる対応を行っていかなければならない。

 日本医療情報学会は、人工知能技術やRPA(Robotic Process Automation)、遠隔医療などの技術を有効活用して、医療の質の向上、診療業務の業務負担の軽減、持続可能な医療提供体制の確保につながるよう、医療情報システムの継続的改善を目指した議論を推進していく。

1-6.情報システムの構成要素としての医療機器

 医療機関において生体情報を収集する医療機器は、IoT(Internet of Thing)などの用語にも現れている通り、今や情報ネットワークを介して病院情報システムと結びつくことが常識的になりつつある。一方、医療機器を管理する法制は、個体としての独立した医療機器の性能を律することのみに終始しており、情報システムという系の一部として相互運用性を正しく評価するには到っていない。相互運用性を確保するためには、インターフェースの標準化をはじめ、標準規格の採用を積極的に進めていかなければならない。

 日本医療情報学会は、医療機器を情報システム構成要素として捉え、相互運用性の確保に必要となる診療現場の情報化を達成する際の障壁を取り除き、診療現場の一層の情報化を推進していく。

1-7.医療機器プログラムの開発流通

 情報通信技術の発達と医療情報の集積に伴って、パソコンやスマートフォンなどの民生用情報機器に接続された医療用計測デバイスと組み合わせられたソフトウェア、あるいは、単体のソフトウェアが医療機器としての役割を果たすようになりつつある。また、保険診療のなかで使用することができる治療を補助することを目的としたソフトウェア(治療用アプリ)が登場してきている。新規開発された医療用ソフトウェアが迅速に市場に流通できるようにすることも重要であるが、品質の悪い医療用ソフトウェアの市場流通を適切に阻むこともまた重要である。これにあたり、薬機法に定められた医療機器プログラム(SaMD:Software as a Medical Device)の認証が安価・速やか・適切に行われ、認証の有無が明確に分かる形で認証済みソフトウェアが市場に流通する枠組み整備が必要である。また同時に、薬機法にあたらないソフトウェア、つまり健康増進などを目的とするアプリなどNon-SaMDの取り扱いについても議論が必要である。

 日本医療情報学会は、わが国の医療用ソフトウェア産業発展のためにも、医療機器開発に関わる学協会と協力し、学術的議論を進めていく。

1-8.未知の感染症をはじめとする疾患の動態をリアルタイムに解析する仕組み

 COVID-19の流行初期、わが国では罹患状況や患者の重症度などの動態把握に遅れをとり、その後の対策立案に大変な困難を伴った。実際には電子カルテや医事会計システムには日々診療に関する記録が保存されており、入出力や情報統合の方法を確立することで、リアルタイムにデータを解析し、未知の感染症や疾患の動態をより早期に把握することが期待できる。

 日本医療情報学会は、これらのことを実現していくために必要な法的・技術的な課題を整理し、実現に繋げるよう取り組んでいく。

2.健康医療情報基盤の社会実装

2-1.電子カルテシステムから効率的な患者レジストリ・臨床データベースのデータ連携

 多施設で、対象疾患について予め決められた項目のデータを収集する患者レジストリや、電子カルテに蓄積されるデータを広く網羅的に収集して蓄積する臨床データベースの構築が積極的に進められている。現状では、レジストリに応じた項目を、テンプレートを用いて診療録として記録する方法も考えられているが、病院情報システムに存在しているデータの種類は多岐にわたっており、それぞれに機能追加を要し、目的ごとに開発することは現実的ではない。

 日本医療情報学会は、関係する学会・団体と連携して収集する標準的なデータ項目の策定をすすめるとともに、電子カルテシステムから標準形式でデータを抽出し、効率的な患者レジストリや臨床データベースを構築する方法を検討し、実装に向けて取り組んでいく。

2-2.健康医療情報と介護福祉情報をつなぐ情報化時代における患者エンゲージメント的包括ケアシステム

 世界に先駆けて超少子高齢社会を迎えたわが国においては、健康・医療・介護のサステナビリティの確立が大きな課題とされている。本課題は、わが国のみならず世界の福祉国家が等しく抱える重要な政策課題でもある。国が進める全国医療情報プラットフォームの構築は、患者中心的医療(エンゲージメント)を考慮した医療機関・薬局間の医療情報を共有し、医療DXを通じたサービスの効率化や質の向上により国民の保健医療の向上を図ることで前記の課題を解決する特効薬として期待されている。

 日本医療情報学会は、健康・医療・介護・在宅の役割分担を根本から見直し、医療職、介護職、住民本人とその家族、行政等が参画する個別化ヘルスケアの社会的システムの設計にあたり、法的・社会的コンテクストの課題に対して情報学的に合理的な提言を行っていく。

2-3.ヘルスケア管理のニーズと情報通信技術のシーズ

 一人一人の健康管理・治療・予後管理・介護の様々な情報が、様々な要求のもとに、様々な関係者間で共有される。これを情報学的に整理すると、時間軸(実時間通信/蓄積共有)、媒体軸(数値情報/文字情報/画像情報)、共有範囲軸(対面、少人数、多数)などの複数の軸から整理でき、それぞれに適した情報通信技術(テレビ電話、SNS、クラウド)とアプリケーションを定めることができる。情報通信技術が高度に発達し、様々な情報通信ツールやサービスが利用できる環境はすでに整備されており、適切な既存技術・既存サービスを組みあわせれば、ほとんどの目的が達成できる程度に技術的環境は成熟している。様々な情報技術・サービスの適用に対して、社会的制度を整備することが必要である。

 日本医療情報学会は、情報化時代の社会的システムとしての医療・介護の有り様と表裏をなすようにこれを支える保健情報基盤の全体像を示し、社会的コンセンサスを醸成していく。

2-4.EHRとPHRに蓄積されたデータの活用と評価

 次世代医療基盤法案の施行により、EHR(Electronic Health Record)やPHR(Personal Health Record)に蓄積された情報の二次利用への道が拓けることが期待されている。しかし、まずはEHRやPHRが国内で普及し活用されなければ、「医療の質の向上」「ポピュレーション・ヘルス」に資する情報が集積されることは望めない。また、今後のEHR・PHRの普及にあたっては、「全国医療情報プラットフォーム」との役割分担の議論も避けられないものと考える。いずれにしても、情報化時代の社会的システムを支える情報基盤の中で、一次利用・二次利用に関わらずEHRやPHRをどのような目的で活用し、評価するかを学術的に議論することが重要である。

 日本医療情報学会は、これまでの成果を踏まえ、EHR・PHRに蓄積されたデータの活用を推進し、その効果を学術的に評価していく。

2-5.医学知識基盤の継続的蓄積・可用性向上と利活用推進

 医療分野においては、これまでも実臨床データをはじめとした各種リアルワールドデータの蓄積のみならず、これと並行して各種の用語概念体系や診療情報モデル、診療ガイドラインをはじめとした様々な医学知識データベースの整備が進められてきた。今後も医学知の細分化、ゲノム情報と臨床情報の統合解析の推進などにより、蓄積される知識はますます増大すると考えられる。一方で、これらの知識の一部は数年で古くなってしまうため、継続的な更新も求められる。診療科横断的にこれら多様な医学知識基盤を蓄積・統合し、情報学的な観点から継続的な可用性の向上と更新を行うための方法論と体制の確立、また各種AI(Artificial Intelligence)アプリケーションからの利活用を社会的に推進していくことが必要である。

 日本医療情報学会は、AIアプリケーションの開発ベンダーや関連する学協会と協力して、本課題解決のための学術的議論を進めるとともに、社会的な体制の整備に取り組んでいく。

2-6.ビッグデータ解析に適した医療情報のセンシング・収集

 深層学習をはじめとした機械学習手法の進展により、医用画像解析をはじめとする様々な分野でAI応用が進められている。今後、医療を取り巻く様々なデータを統合して解析し、データ駆動型医療・診療による先端医療・精密医療の実現へ活用していくためには、客観的で悉皆性の高い医療情報のセンシングと記録のあり方の検討が必要である。

 日本医療情報学会は、医療記録を各種センサーから取得されるデータと、これを観察した医療者による記録を分離して収集した上で、これらを紐付けて相互の関連が追跡可能となるような効率的な時系列データ収集のあり方を検討し、これを社会実装するための学術的議論を推進していく。

3.医療ビッグデータの解析

3-1.医療情報の二次活用の推進

 次世代医療基盤法などの法整備とともに、日常の実臨床のなかで得られる集積された医療情報(リアルワールドデータ)のゲノム医学・疫学・薬学・医療経済学・社会医学の研究への活用が推進されている。特に、国民皆保険制度の下で取得・蓄積された、高品質で悉皆性を有するリアルワールドデータの活用から得られるエビデンスは、本邦のみならず世界の医学・医療の高度化に資するものと期待される。一方、リアルワールドデータは極めて機微な個人情報であり、その活用には十分な技術的対策による安全性の確保のみならず、十分な社会的コンセンサスが必要である。

 日本医療情報学会は、リアルワールドデータを用いた研究に積極的に取り組んでいくととともに、医療情報活用のR3(Risk/Reward Ratio:危険-利得比)を学術的視点から明らかにし、社会的コンセンサス(動的同意取得の普及推進など)を獲得することに取り組んでいく。

3-2.複数DBを連結するための適切な方法

 各医療施設、各学会等の団体が、解析を目的として臨床データを集積する場合、患者識別子は管理者毎に付番される。このとき、ある解析の目的を達成するために、一つのデータベースのデータ項目では不足しており、他の管理者により集積されたデータベースに補足可能な項目データがある場合がある。異なる管理者の複数のデータベースから、同一患者のデータを連結させる(データリンケージ)ための方法には、患者識別情報の閲覧を許可された組織において、統合した患者識別子を設定して連結させる方法、二つのデータベースが持つ共通の属性について、その値を比較することで緩やかに結合させる方法などが考えられる。しかし、これらの方法は、患者の個人情報保護の観点から匿名化に反する可能性があり、法的・倫理的な観点での検討も必要である。

 日本医療情報学会は、これらの課題を整理し、データリンケージの適切な方法の提示に取り組んでいく。

3-3.医用人工知能技術を開発するためのデータ基盤と共同利用のあり方

 AI技術を活用したアプリケーションを開発するためには、多くのリアルワールドデータが必要となるが、各医療機関で収集されるデータ量には限界があり、複数施設のデータを集める必要がある。しかし、実際には、個人情報管理の問題や、データを提供する側のインセンティブの問題、集めたデータを誰が利用してよいかという問題、データを収集・管理・品質を保持する実務的な運用の問題などが障壁となる。AI開発においては、国内における大規模データベース整備といった視点よりもむしろ、企業のデータ利用者を含む複数のステークホルダーが互いに利益を得られるような形でのデータ共有のあり方が重要である。そのため、関連する課題を整理するとともに、各ステークホルダー(データ提供側、データ利用側/アカデミック、データ利用側/企業)間で、どのようなレギュレーションが適切かを検討する必要がある。一方、世界的にみると、個人情報課題を解決した連合学習によるAI開発も活発になっており、本邦での研究推進が期待される。

 日本医療情報学会は、次世代医療基盤法や個人情報保護法に基づいて、わが国のこうしたグランドデザイン、またその動向を踏まえた上で、その先にあるAIアプリケーションの開発を促進するためのデータ基盤と共同利用のあるべき姿について提言を行い、社会的なコンセンサスを醸成していく。

3-4.医用人工知能アプリケーションの開発と社会実装の促進

 医用人工知能(AI)アプリケーションの研究・開発が活発に行われているなか、社会実装までを迅速かつ安全に進めていくためには、モデル、アルゴリズム、計算リソースを含む高度な基盤技術、医療現場で生み出される学習用の大規模なデータ、医療現場で安全に利用するための適切なレギュレーションが必要であり、産官学の相互の連携が不可欠である。また、臨床医学の各領域と情報学の橋渡しを活発に行うことにより、医療現場で蓄積された知識・情報・データが情報学と有機的に結びつけられ、より効率的に高度なAIアプリケーションを開発できるサイクルを創出することにつながると期待される。

 日本医療情報学会は、医用人工知能アプリケーションの開発と社会実装の促進に向けた橋渡しのハブとしての役割を担い、産官学の連携、医学と情報学の専門家の連携を行うことを主導し、関連する諸課題を関係する学会・団体とともに議論していく。

3-5.医用人工知能の普及に向けた社会的課題の検討

 人工知能技術は、医療現場における診断補助などでの利活用が進んでおり、急激な拡大をみせている。さらに、生成AIの活用に向けた検討も始まっている。医療者が行うサービスの一部を人工知能技術で代替する場合においては、次のような社会的課題を検討していかなければならない。

⑴ 活用時の判断: AI技術を用いる対象についてSaMD、Non-SaMDの確認を行い、目的に応じた活用方法の検討が必要である。

⑵ 施設内における審査承認基準のあり方: AIアプリケーションの開発には実診療で発生するデータを必要とするが、そのデータ自体がAIアプリケーションの影響で変化することが予想される。そのため、AIアプリケーションの病院利用における審査承認の基準は、医薬品や医療機器とは異なることが予想され、どのような基準が適切かの検討が必要である。

⑶ AIアプリケーションの安全性と責任の所在:AIアプリケーションの導入にあたり、その安全性を患者にどのように説明するのかという点と、医療者の仕事を代替した場合の責任を誰がどのように負うのかという問題が生じることが予想される。また、研究・臨床実用の場面でAIアプリケーションのエラー・誤診を検出する方法論、人命の安全性を担保するために必要な機能要件を定めることが必要である。

 日本医療情報学会は、これらの課題を関連学会と連携しながら法的・社会的・倫理的側面から検討し、ガイドラインの策定などにより社会へ提言を行っていく。

 

4.医療情報セキュリティの確立

4-1.サイバーセキュリティを考慮した情報基盤・運用体制の構築

 サイバーセキュリティの脅威が国内外で急速に増大し、国内の医療機関でも診療業務が長期にわたって停止する被害が複数報告されている。

 日本医療情報学会は、サイバーセキュリティを考慮した情報基盤や運用体制の構築に向けた議論を進めるとともに、関係省庁や団体と連携し、医療分野におけるIT-BCPの策定や情報セキュリティ人材の育成などを通じて、医療情報を安全に利用できる環境を維持するために必要な取り組みを推進していく。

4-2.大規模データ解析におけるセキュリティ・トラストの担保

 医療情報システムに蓄積される診療データは日々増加し、さらにスマートデバイスやセンサーなどから出力されるヘルスケアデータの取得も進んでいる。機微な情報を含む大量の医療情報について情報の秘匿性を確保しつつ、最先端の計算機技術を駆使して解析するためには、広域分散並列計算環境下での高性能計算が必要である。

 日本医療情報学会は、大規模データに対して、リアルタイムで信頼性の高い解析を行うための、秘匿性を確保した計算機環境の構築と、計算速度を維持した秘匿計算の方法に関する議論を進めつつ、複数の医療施設を連携させた解析体制の整備に取り組んでいく。

4-3.医療情報システムの災害時運用体制の確立

 わが国は、歴史的に地震と津波を経験してきた世界有数の災害発生国であり、災害時医療における医療情報の観点からの貢献は極めて重要である。

 日本医療情報学会は、災害を想定した医療施設のBCP(業務継続計画)やBCM(業務継続マネジメント)の方法や、災害時医療における医療情報の利活用に関する議論を進めていく。また、情報収集・処理を可能とするIoTなどの新技術とこれまでの医療情報学の融合領域によって得られた研究開発の知見を通じて、新技術の災害対策への有効性の検証などを推進していく。

4-4.迅速かつ動的で、持続可能性を有するサイバーセキュリティ性能・技能の充実

 わが国におけるサイバーセキュリティの脅威は急速に拡大している。国内外からのサイバー攻撃が増加し、組織的攻撃や攻撃手法の高度化により、特に医療機関を含めた重要インフラへの攻撃が深刻化しており、システム停止や情報漏えいなどの被害が報告されている。このような状況に対して、医療機関は、迅速かつ動的で、持続可能性を有するサイバーセキュリティ性能・技能の充実をはかる必要がある。

 日本医療情報学会は、近年に新たに生じた、組織的攻撃や攻撃手法の高度化に対して、迅速かつ動的で、持続可能性を有するサイバーセキュリティ性能・技能の充実していくような取り組みについて議論を行い、関係する団体等とともにこれを推進していく。

5.医療情報人材の育成

5-1.医療情報領域の次世代を担う研究者および社会医学系専門医の養成

 医療情報学の学問領域を将来にわたり発展させていくためには、学術研究を担う人材養成を着実に行い、キャリアパスとなる学術的な活動を持続的に行っていくための環境を整えていく必要がある。

 日本医療情報学会は、将来の医療情報学を担う研究者養成のため、国際医療情報学連盟の医療情報学教育に関する提言などを踏まえて、医療情報学の教育カリキュラムの整備などに取り組むともに、各専門領域における医療情報学の教育コンテンツに関する議論を進める。また、社会医学系専門医のプログラムにおいてコア・コンピテンシーの修得に必要となる、医療情報学教育の教育カリキュラムの整備に取り組んでいく。

5-2.医療分野のCIOおよびCISOとしてのスキルをもつ人材の育成

 CIO(Chief Information Officer)は組織の中で情報・システムの最高責任者、CISO(Chief Information Security Officer)は情報セキュリティの最高責任者と位置付けられる経営層の職位である。医療機関においては、医療の情報化が進むなか、医療の質を高めるとともに、健全な経営、医療情報システムの安全確保を図っていくことが要求されており、診療業務を理解しながら情報戦略の策定やプロジェクト・マネジメント、個人情報保護・情報セキュリティの統括できる経営スキルをもった人材が必要である。

 日本医療情報学会は、医療現場においてリーダーシップをもって活躍できる医療CIOや医療CISO 、およびそれらを補佐できる人材の人材像や役割、能力について議論していく。

5-3.医療情報基盤の整備からデータ利活用の実践までを担える人材の育成

 医療の情報化が進むなか、医療情報システムの仕組みや診療で発生する情報を理解した、医療の質や経営の改善に寄与できる情報基盤を構築・管理できる人材を継続的に輩出していく必要がある。

 日本医療情報学会は、医療情報基盤の整備からデータ利活用の実践までを担える人材として、医療情報技師および上級医療情報技師の育成を行ってきた。医療DX、サイバーセキュリティ、データ利活用などに必要となる、医療情報に関する専門職として求められる能力について議論を進めるとともに、一定の質を担保した人材育成を能力検定試験や生涯研修セミナー等を通じて推進していく。また、医療情報技師や上級医療情報技師が活躍するために必要な支援を行っていく。